身体について何を考えたか

ヘッドとホームズは、大脳皮質の損傷例に見られる感覚障害を詳細に記述するなかで、一つの理論的装置を必要とした。患者は、身体の位置についての判断を失う。しかしそれは、個々の感覚が失われたというより、感覚を照合するための基準が壊れているように見える。

彼らはこの基準を postural schema(姿勢図式)と呼んだ。身体は、いま自分がどんな姿勢にあるかについてのモデルを絶えず更新しており、新しい感覚入力はそのモデルに照らして意味を与えられる。私たちが自分の手の位置を毎回ゼロから計算していないのは、この図式があるからである。

そして重要なのは、この図式が可塑的であることだ。ヘッドは、女性の帽子の羽根飾りが、その先端が何に触れたかを感じ取れるほどに身体図式へ組み込まれる例を挙げている。杖を使う視覚障害者にとって、杖の先端は触覚の場所になる。

なぜ重要なのか

身体図式(body schema)という概念は、20世紀の身体論の中心装置の一つになった。メルロ=ポンティは『知覚の現象学』でこれを引き受け、身体を対象としてではなく、世界へと向かう構えとして記述する。

さらにこの概念は、身体の境界が固定されていないことを示す。道具が組み込まれるなら、身体はどこまでが身体なのか。この問いは、後の拡張された心の議論に直結する。

現代との接続

道具使用の前後で身体近傍空間(peripersonal space)の表現が変化することは、サルの頭頂葉ニューロンの記録やヒトの行動実験で示されてきた。義肢の使用、遠隔操作、そして仮想身体を用いた実験は、身体図式の可塑性を実験的に操作できる対象にしている。

なお、身体図式(body schema:意識的モニタリングを伴わずに働く感覚運動的な系)と身体イメージ(body image:身体についての知覚・態度・信念の系)の区別は、しばしば混同される。この区別を精緻化したのはショーン・ギャラガーである。