二つの感覚
現代の研究は、身体的自己をいくつかの成分に分けて扱う。
- 身体所有感(body ownership):この身体は自分のものだという感覚
- 運動主体感(sense of agency):この動きは自分が起こしているという感覚
ラバーハンド錯覚は、視覚・触覚・固有受容の同期を操作することで、前者を実験室で作り出せることを示した。ここから、自己の感覚が多感覚統合の産物であることが明らかになっていく。
哲学からの問い
イブン・スィーナーの「空中人間」は、感覚を一切奪われた人間もなお自己の存在を意識するだろうと論じた。デカルトのコギトも同じ方向を向く。
しかし実験は逆の方向を示している。自己の感覚は、身体感覚の統合に深く依存している。ここに、哲学的直観と実験的知見のずれがある。このずれ自体が、いま問われている。
日本語圏から
市川浩の「〈身〉」という概念は、この問題に別の角度から触れている。日本語の「身」は、身体を指すと同時に自己を指す。「身を入れる」「身に染みる」。所有感と主体感を分けて論じる前の、より根本的な結びつきがそこにある。