一言でいうと
生き物は、自分で自分を作り続けることで、自分の境界を保っている。
歴史
マトゥラーナとヴァレラは1970年代初頭、生命システムの定義を組織(organization)の観点から与えようとした。生命の本質は、特定の物質でも、特定の構造でもなく、自己を産出する組織にある。
細胞を考えよう。代謝反応が膜の構成分子を作る。膜は反応が起こる場所を区切る。区切られているから反応が維持される。この循環が続く限り、細胞は細胞である。
認知との連続性
ここから重要な帰結が出る。自己維持するシステムにとって、環境は中立ではない。何が栄養で、何が毒で、何が無関係か——それはシステムの組織そのものによって決まる。
つまり、生命はすでに意味を持った世界のなかにいる。これが意味生成(sense-making)であり、ヴァレラらはここに認知の最も原初的な形を見た。生命と認知は連続している。
この主張は、スピノザのコナトゥス(各々の物が自己の存在に固執しようとする努力)と構造的に響き合う。ただしこれは直接の系譜的継承ではなく、概念的な並行である。
現代の議論
エヴァン・トンプソン『Mind in Life』(2007)は、この生命-認知の連続性テーゼを体系的に展開した。
近年は、フリストンの自由エネルギー原理との接続が論じられている。自己維持する系がその境界(マルコフブランケット)を保つという定式化は、オートポイエーシスと形式的に対応づけられるという主張である。ただしこの対応が実質的な統合なのか、異なる問題を同じ数式で書いているだけなのかは、決着していない。
注意点
オートポイエーシス概念は、社会システム論(ルーマン)や組織論にも広く転用されている。しかしヴァレラ自身は、社会システムへの適用には慎重だった。転用された用法と、元の生物学的定義を区別して読む必要がある。