身体について何を考えたか

自由エネルギー原理の基本発想は単純である。生き延びる系は、自らが存在しうる限られた状態のなかに留まらなければならない。魚は水中にいなければならず、体温は一定の範囲になければならない。

これを情報理論の言葉に翻訳すると、系は自らの感覚状態についての「驚き(surprise)」を最小化していることになる。驚きは直接計算できないが、その上界である自由エネルギーは計算できる。したがって系は自由エネルギーを最小化しているとみなせる。

この枠組みの独特なところは、知覚と行為を同じ操作の二つの向きとして扱う点にある。予測が現実に合わないとき、方法は二つある。予測を修正するか(知覚)、現実を予測に合わせて変えるか(行為)。これが能動的推論(active inference)である。

身体論として重要なのは、この予測が外界だけでなく身体内部に向かうことである。心拍、呼吸、血糖、体温についての予測とその誤差。内受容的な能動的推論は、ホメオスタシスの調節そのものを推論の枠組みで記述する。ここから、感情や情動を予測処理として説明する試みが生まれている。

論争の現状

自由エネルギー原理は、脳理論としての射程の広さで知られる一方、その科学的地位については論争が続いている

批判の一つは、反証可能性に関わる。あらゆる観察が事後的に自由エネルギー最小化として記述できるなら、それは経験的理論ではなく数学的枠組みではないか、という指摘である。フリストン自身、この原理をハミルトンの最小作用の原理に喩えており、反証可能な仮説ではないことを認めている面がある。

もう一つは、熱力学的自由エネルギーと情報理論的自由エネルギーの混同(カテゴリー錯誤)を指摘するものである。

擁護側は、反証不可能なコア原理と、そこから導かれる反証可能なプロセスモデルを区別すべきだと論じる。実際、能動的推論に基づく具体的なモデルは、精神医学や知覚研究で検証可能な予測を生んでいる。

このサイトでは、自由エネルギー原理を「論争中」として扱う。壮大で示唆に富む枠組みだが、事業や臨床の根拠として断定的に用いるべき段階にはない。