身体について何を考えたか
ベルンシュタインは鍛冶職人がハンマーを振り下ろす動作を、連続写真で記録した。熟練者はハンマーの先端をほぼ同じ点に当てる。しかし、そこに至る関節の軌道は毎回違っていた。
ここから彼の有名な定式が出てくる——繰り返しのない繰り返し(repetition without repetition)。熟練とは同じ動きを再生することではない。同じ結果を、その都度異なる仕方で達成できることである。
そして問いが立つ。身体には数百の筋と多数の関節があり、ある課題を達成する運動パターンは無数にある。中枢神経系がそのすべてを一つずつ指定しているとは考えにくい。ではどうやって制御しているのか。これが自由度問題(degrees of freedom problem)である。
彼の答えは、協応構造(synergy)である。多数の自由度は、課題に応じて機能的にまとめられ、少数の制御単位のようにふるまう。学習の過程は、最初に余分な自由度を凍結し(初心者の硬い動き)、次にそれを解放し、最終的には環境からの反作用まで利用するようになる、という三段階として記述された。
なぜ重要なのか
この定式化によって、運動は「脳が筋肉に命令を出す」という一方向の図式から解放された。運動は、神経系・身体の力学・環境の相互作用から創発するものとして扱われるようになる。
この系譜は、身体化認知のなかでも際立って堅牢である。プライミング研究の再現性危機のような打撃を受けておらず、理学療法・トレーニング実務の理論的基盤として現役である。
現代との接続
ケルソーらのダイナミカルシステムズ理論(協応の相転移)、テーレンらの発達研究(乳児の運動発達を自己組織化として説明)、ニューウェルの制約主導アプローチ(有機体・環境・課題の三制約)は、いずれもベルンシュタインの問題設定の直系である。
実務的な含意も明確である。運動学習は同じ動作の反復ではなく、変動性を含む練習によって促される。環境や課題の制約を操作することが、直接的な言語教示よりも有効な場合がある。制約誘発運動療法やタスク指向型アプローチは、この系譜のうえに立っている。