身体について何を考えたか
ヴェサリウス以前、解剖学の講義では、教授が壇上でガレノスのテキストを読み上げ、その傍らで助手が遺体を切り開いていた。テキストと身体が食い違ったとき、疑われるのは身体のほうだった。
ヴェサリウスはこの順序を逆転させた。自ら執刀し、観察し、観察されたものを描かせた。『ファブリカ』の精緻な木版図は、身体を見せることそのものを目的としている。
その結果として、ガレノスの記述の多くが、人体ではなく類人猿やブタの解剖に由来することが明らかになった。心室中隔に孔があるという記述、肝臓が五葉に分かれるという記述——それらは人体には当てはまらない。
なぜ重要なのか
1543年は、コペルニクス『天球回転論』が刊行された年でもある。天体と人体という二つの領域で、権威に対する直接観察の優位が同時に主張された年として、科学革命の画期に数えられる。
身体論の文脈では、ここで身体が決定的に「対象」になる。切り開かれ、見られ、記述される自然物としての身体。この視線は近代医学の条件であると同時に、20世紀の現象学が「生きられた身体(Leib)」を対置することになる相手でもある。
現代との接続
「見える身体」の系譜は、顕微鏡・レントゲン・MRI・拡散テンソル画像へと続いている。他方でフーコーは『臨床医学の誕生』で、この「医学的まなざし」が中立的な観察ではなく、身体を特定の仕方で構成する権力の形式であることを論じた。ヴェサリウスの図版は、いまも両方の読み方に開かれている。