身体について何を考えたか

ハーヴェイの論証の核心は、解剖でも顕微鏡でもなく、計算にあった。心臓の一回拍出量を控えめに見積もり、脈拍数を掛ける。すると心臓は1時間で体重を超える量の血液を送り出していることになる。これほどの量が絶えず新しく作られ消費されているとは考えられない。したがって血液は同じものが循環しているはずだ——。

彼はさらに、腕を縛って静脈を浮き上がらせ、弁の位置を押して血液が一方向にしか流れないことを示す実験を『心臓の運動について』に記した。

なぜ重要なのか

身体の一部が、量的な関係として記述され、実験的に検証された。ここで身体は、目的や体液の均衡ではなく、部分の運動と因果連関から説明されうる機構として現れる。

デカルトはこの成果を高く評価し、『方法序説』第5部で循環論を紹介している。ただし心臓の拍動の原因については、デカルトは心臓の熱による血液の膨張という説を採り、心筋の収縮を主張するハーヴェイと最後まで対立した。

現代との接続

「身体を機構として説明する」という方針は、19世紀のクロード・ベルナールの実験医学を経て、現代の生理学に直結する。同時にそれは、身体を機械とみなす見方の説得力の源泉でもあり、20世紀の身体論が繰り返し問い直す対象となった。