身体論としての読みどころ

「デカルトの誤り」を批判する現代の議論の多くは、デカルト自身のテキストではなく、後世に単純化された「デカルト主義」を相手にしている。

第六省察を読むと、デカルト自身が心身の緊密な結合を認めていたことが分かる。渇きや痛みは、身体の状態についての知的な認識ではなく、混淆した感覚として与えられる。彼はこの結合の座を松果体に求めたが、その説明が満足のいくものでないことは同時代から批判された。批判するにせよ継承するにせよ、まず原典に当たる価値がある。

身体論として重要な箇所

  • 第二省察:疑いうるものを取り除いた末に「私は考える、ゆえに私はある」が残る。
  • 第六省察:心と身体の実在的区別を論じつつ、私は「船の中の水夫のように」身体に宿っているのではなく、身体ときわめて緊密に結合し、いわば混ざり合っている、と述べる箇所。

読むべき章

  • 第六省察が身体論としては最も重要。二元論の教科書的な像とテキストの実際のずれがここに現れる。

日本語訳

  • 省察 / 岩波文庫、ちくま学芸文庫など複数